穂村弘・東直子著『回転ドアは、順番に』感想/輪廻するふたりの運命

6 min
『回転ドアは、順番に』表紙

こんにちは、なな子(@nnk__1105)です。

今回は穂村弘さんと東直子さんの共著である『回転ドアは、順番に』をレビューしていこうと思います。この本は歌集ながらも短歌の間に短い詩やタイポグラフィのようなものが交えてある斬新な作りになっています。穂村弘さんと東直子さんのメールのやり取りから生まれたというところも興味深いです。それでは、さっそくレビューしていきましょう。

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『回転ドアは、順番に』あらすじ

普通、歌集にあらすじというものは存在しません。連作ひとつひとつの中にストーリーや色を持たせることはできても、本一冊を通してストーリーのある歌集がほとんどないからです。しかし『回転ドアは、順番に』は明確なストーリーがあります。

しかもそれが「春に出会った男女が一夏を共に過ごし、同棲や喧嘩を経て結婚するも、男が事故死してしまい、ふたりは生まれ変わってまた同じように再会する」というものだから驚きです。いくら詩が載っていると言っても、短歌ベースでこんなにも壮大なストーリーを展開できるのか、と思う方もいるかもしれません。でも、できるんです。そういう作品です。

『回転ドアは、順番に』感想

次は短歌・詩を引用しながら章ごとに感想を書いていこうと思う。

1遠くから来る自転車を

この章は「ふたりが出会い、また近いうちに再会する。男が女に手紙を出す」というのがメインの章である。

中でものちのために取り上げておきたい短歌が2つある。

遠くから来る自転車をさがしてた 春の陽、瞳、まぶしい、どなた

日溜まりのなかに両掌をあそばせて君の不思議な詩を思い出す

これはふたりが出会う前の予感を感じさせる2首だ。「日溜まりの」の後の詩にはこうある。

なんだかドキドキする夢から覚めて、

あわてて服を着て郵便局へ。

今日は「ブラックジャックとピノコ」の切手の発売日なのだ。

ああ、でもこのドアが苦手なんだよな。

ふっ、はっ、と回転ドアの前でタイミングをはかっていたら、

みずいろのサングラスのひとがしゅるんと出てきた。

嬉しそうに「あっちょんぶりけ」と呟きながら。

これはふたりが初めて出会うシーンである。次ページで女は「回転ドアに入れないかわいそうな人がいた」と語る。この瞬間から女は男に対して好意的であった。同情が愛情に変わるタイプなのだ。一方男が恋に落ちる瞬間はこう記されている。

自転車のベルがころころ転がってきて驚いた。

車道に出そうなところを捕まえて渡したら、「ありがとう」って。

それから「よかったね」って自転車に。

変な子だったな。

にこにこして、前にどこかで会ったっけ?

嬉しそうに自転車に話しかけてたけど、大丈夫なのかね

2001年近所の旅、とかなんとかって。

そりゃただの「散歩」だろって。

きらきらしてたな、猫っ毛が。

2青空くさいキスのはじまり

この章のテーマは「はじめてのデート(昼編)。多分まだ友達以上恋人未満のふたり」である。

ふたりはキスを交わしたことが描かれるが、個人の解釈だとまだ付き合ってはいないように思う。この章で印象に残った歌が2つある。

ズッキーニ齧りつつゆく海沿いの道に輝く電話ボックス

震えながら海からあがるもういいやモスバーガーに眠りにゆこう

「ズッキーニ」の歌は、ふたりの若いデート感が出ていて好きだ。好きな人といると、不思議と海に行きたくなるのはわたしだけだろうか。海沿いをズッキーニを齧りながらデートして、そこでポツンと陽を受けて輝いている電話ボックスを見つける。携帯電話が普及して、電話ボックスを使う人はいなくなった。それでもいつかの非常時のために、ポツンとひとりで電話ボックスはある。それに対してこちらはふたり。おかしくて笑いだしてしまいそうなほど幸福感が描かれている。

「震えながら」の歌も若さの象徴だと思う。水着もないのに海に入って、夜になると少し肌寒くなってきて。砂を払いながら、「モスバーガーに眠りにゆこう」と女に告げる。このモスバーガーがよく効いている。マクドナルドでも、ロッテリアでもダメだ。モスバーガーだからいい。ハンバーガーチェーンの中でも高級志向な店に、(おそらくドリンクだけ頼んで)眠りに行くという気だるさがいい。

3月を見ながら迷子になった

この章のテーマは「はじめてのデート(夜編)。ふたりで夜の街を散策する」となっている。

永遠の迷子でいたいあかねさす月見バーガーふたつください

上の歌の「永遠に迷子でいたい」とは女側から発せられた言葉だ。これについて、東直子は解説でこう語っている。

「非現実」といえば、迷子もそのバリエーションの一つ。意識的に行えば、それは「逃避行」とか「かけおち」と呼ばれるものになるのだと思いますが、無意識のうちに知らない場所に二人で誘われてしまった「迷子」には目には見えない力が働いているようで、たいそう憧れます。

そう、迷子とはかけおちにとても近い状況で、意識的にやるかやらないかの違いなのである。しかし男の方はその次の詩でこう書いている。

お、

交番、はっけん。

やったね。

道を訊こう、道を訊こう、

すみませーん。

道はどこですか?

そう、女が「永遠の迷子でいたい」と言いつつも、男側は交番を探しているのだ。まだふたりが溶け合っていない別々の人間であるという機微をきれいに描いている。

そしてふたりは始発で街に帰るのだが、そのときの歌でも好きなものがある。

花束の花が次々枯れてゆく抱き合ったまま朝をゆられて

これも、いい歌だなと思った。花束というのはふたりが手にしているわけではなく、もっと概念的な話になる。花束の花は日に日に、すこしづつ、目には見えない繊細さで枯れてゆく。それを人間が感知できるのは花びらが落ちたときや変色したときだけだ。でも、花は確かに毎日枯れている。それくらいささやかに、ふたりの感情も動いているという歌だと解釈した。

4恋人のあくび涙

この章では、「ふたりがはじめて身体を重ねる。同棲をスタート」とストーリーが動く。

ゆびさきの温みを添えて渡す鍵そのぎざぎざのひとつひとつに

とあるので、おそらく女が男に合鍵を渡し、同棲をスタートさせたのだと思う。この章は主にセックスの章になっている。これは有名なテクニックなのだが、官能小説は一文一文を短文にすると臨場感が出る、というものがある。この章は詩が極力出てこなく、短歌だけで構成される。それは章全体を通してセックスの焦燥感を描いているのではないだろうか。

くちびるでなぞるかたちのあたたかさ闇へと水が落ちてゆく音

空よそらよわたしはじまる沸点に達するまでの淡い逡巡

回転木馬泡を噴きつつ眼を剝いて静かに止まる夏の沸点

あしのゆびぜんぶひらいてわたしからちいさな痛みはなたれてゆく

上記のように官能的な歌が続く章でもある。

5虹になんて謝らないわ

この章では「同棲生活の中でギクシャクするようになり喧嘩、女が出て行く」というストーリーが織り成されている。

「ゴキブリをどっちが殺す」とか、「ノースリーブを人前で着るな」とか、「目玉焼きに何をかけるか」とか。一緒に暮らすようになって、共有する生活の面積が増えて、今までだったら気にならなかった相手のいろいろなところが目につくようになってふたりは喧嘩をしてしまう。

プリズムを齧れ鼠ら! 消えよ恋人! お前だけが邪魔なのだ

なげる。

ひっくりかえす。

むしかえす。

こわす。

さける。

くだける。

われる。

ちぎる。

とびでる。

とびちる。

ひるがえる。

ひきがえる?

濁点、濁点、濁点、濁点、濁点、濁点、濁点、濁点、濁点。

上記の歌や詩からも、かなり感情的になっていることがわかる。もしかしたら手も出ているのかもしれないというほどの大げんかだ。

そして最後はこう終わっている。

金庫の扉を開けると、

なかには機関車トーマスのお面がふたつ入っている。

ひとつを相手に渡し、

ひとつを自分がかぶる。

ひとりのトーマスがドアから出てゆく。

もうひとりのトーマスは椅子に腰掛けたまま。

(暗転)

これは女が家を出て行ったことを意味している。男は追わずに椅子に腰掛ける。

6SHOCK RESISTANT

この章のテーマは「ふたりの仲直り」だ。

真夜中に、時計が止まっているのをみつけた。

電池、どこかな。これ、単三? 単四?

ねえ、時間ある?

わたしたちに時間ある?

時間くれるよね、もっと、たくさん。

一緒にいても寂しくない時間を。

この詩から思ったのだが、多分女が先に許したのだろう。それに対して男はこう返している。

時間、あるよ。

夜中にいっしょにお茶を飲む時間。

お茶をふうふう冷ます時間。

猫舌だなあってあきれる時間。

猫ってほんとに猫舌なのかなって考える時間。

きみの寝顔をみている時間。

時間、あるよ。

時間がながれると、

朝がきて、

きみは不思議そうに目を覚ますんだ。

なんて事はないきっかけで喧嘩をしたふたりはまた、なんて事はないことで仲直りをする。カップルによくある現象を、詩的に綴っている。

7うわごとで名前を呼んで

この章は「男がインフルエンザにかかって女が介抱していると移されてしまう」というストーリーになっている。

俺の熱 俺のうわごと 俺の夢 サンダーバード全機不時着

うわごとで名前を呼んでくださればゆきましたのよ電車にゆられ

この章は比較的短い構成になっているのだが、中でも上のふたつの歌が目を引く。ウイルスに侵されているときのうわごとで恋人の名前を呼んでしまうときが、きっと一番愛おしさがこめられている。

「俺の熱」の歌は非常に穂村弘節が効いていて、「俺の熱 俺のうわごと 俺の夢」から「サンダーバード全機不時着」が出てくるセンスが光る歌になっている。

8が、生まれた日

この章では「男がプロポーズをして結婚することになる」。

幸福感と疾走感のある歌が多い。特に目を引いたのは以下の3つの歌だ。

バラ色の目ぐすり沸騰する朝 誰かのイニシャル変えにゆこうか

二人乗りのスクーターで買いにゆく卵・牛乳・封筒・ドレス

きっとここにいて下さいね喜びに湯気がたつほど湯を沸かしつつ

「バラ色の」の歌は、「誰かのイニシャル変えにゆこうか」という言い回しが小気味良くて気持ちいい。「きみの」ではなく「誰かの」である。「誰かさん」ということで「きみ」を指すというニュアンスが日本にはあるが、これは外国語圏でもあるのかななんてことを考えた。

「きっとここに」の歌は、当然のことを特別に歌っているのがいい。湯気がたつのはお湯が沸くならあたりまえのことだが、それを「喜びに」にかけている。

9空転の車輪

この章では物語が大きく動く。「男が事故死してしまう」のだ。

指先が離れてしまう きらきらと四ッ葉のクローバーの洪水

この歌から「空転の車輪」ははじまる。なかなかに鮮烈な歌である。「指先が離れてしまう」は事故のメタファーだろうか。「四ッ葉のクローバー」という幸福の象徴が「洪水」になることで、転じて不幸になるという描き方がおもしろい。

きこえますか?

きこえてるよね。

あのね、空がね、今、台風でね。

でも、大丈夫、目がここにあるみたい、台風の目。

ね、みえる? 今日はいちだんときれいだよ、空。

そうだ、それから、あした、歯医者さんにいかなきゃ。

予約してたの。虫歯が痛いって、言ってたでしょう。それでそのあと、セブンイレブンのバニラビーンズ入りのソフトクリーム食べて、虫歯が治ったかどうか、試すって、言ってたよね。バニラビーンズ、こないだ覚えたんだよね。

いかなきゃ、わたしたち。

起きて。

これは女が霊安室で横たわる男にやるせないと思いながらつぶやいた一言のようにも思える。死んだ人間に対して、明日の約束をするのがひどく痛々しい。

10ささやいてください

この章では、「女が男の死を受け止め、そして、ふたりが生まれ変わってまた同じように再会する」ことが描かれている。

ささやいてください春の光にはまだ遠いけどきっと遠いけど

歩くなら一人がいいの青空に象のこどもがうまれたように

「ささやいて」の歌からあと、女の短歌と詩ばかりで紡がれてゆく。「ささやいて」の歌はまだどこか男に帰ってきてほしいと願っているように思える。でもそんな彼女も「歩くなら」の歌を詠む頃には吹っ切れていて、自分の人生を歩むことに決めている。そうして歌はこう続く。

日溜まりのなかに両掌をあそばせて君の不思議な詩を思い出す

遠くから来る自転車をさがしてた 春の陽、瞳、まぶしい、どなた

そう、最初の2つの歌に戻るのである。これは輪廻を意味する。女が人生を全うして死に至り、そうして生まれ変わったふたりはまた「回転ドアが潜れないかわいそうな人」「自転車に話しかけるおかしな女の子」として出会うのだ。

まとめ

今回は『回転ドアは、順番に』のレビューをしました。壮大で、でもちいさなふたりだけの愛の話。短歌や詩に明るい人でなくとも、読み物として楽しめる作品になっているんじゃないかなと思います。もしよかったらぜひお手に取ってみてください。それでは、また次の記事でお会いしましょう。

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なな子

なな子

なな×ロマを運営しているなな子です。文学とあたたかいお茶と高所が好き。
日常をちょっと豊かにするブログとしてあなたの毎日に寄り添えたらうれしいです。

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